2005 年
1 月
31 日
新潟県中越地震の爪あとに触れて
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昨年10月23日の地震発生からちょうど3ヶ月の1月22日、新潟・小千谷市を区議会で新しく会派をつくった「民主党・生活者ネット・社民党世田谷区民連合(通称:区民連)」で視察してまいりました。(新会派結成の目的など詳細については世田谷・生活者ネットワークのページをごらんください) 東京から上越新幹線で越後湯沢へ。そこから在来線に乗り換えて、浦佐から目的地の小千谷までの被災地では、雪景色の中に所々ブルーシートがかかった家が見られました。
視察は小千谷市内を駆け足で。はじめに千谷仮設住宅を訪ねました。現在市内17箇所870戸の仮設住宅のうち847戸に667世帯、2294人が入居済みといいます。これは市民の約5.5%にあたります。雪の季節前に仮設が整ったとはいえ、腰窓の3分の1ほどまで雪が積もる中でのプレハブ仮設住宅住まいは、幼児やお年よりには厳しいものがあるはずです(写真)。 豪雪地に建てられた仮設住宅は初めてとのことで、結露がひどく、天井から水滴が落ちる問題があり、換気対策も必要とのこと。被災地の特性による課題があると知りましたが、世田谷の場合は? 家族同様に暮らしている犬や猫とともに避難生活をおくるための方策ではないかと感じました。
被害が大きかった2つの保育園では、地震発生当初の写真を見せていただきました。ピアノが倒れ、床がせりあがり、造りつけの棚が天井にめり込み、ものが散乱する様に、園児が帰った夕刻の地震発生だったことに救いを感じました。家でお母さんなどと一緒にいて抱きしめてもらった子は恐怖感がなく、そうでない子は今でも余震を怖がるとのこと。阪神・淡路大震災の経験から、心のケア医療チームが早くから対応し、また、介護保険制度がスタートしていたことで、ケアマネの働きで高齢者の目立った被害がなかったと聞き、支えあいシステムの力を感じます。
町はすっかり雪に包まれたために地割れなどはすっかり隠されていましたが、被害が大きかった地域の電柱はどれも傾き、裏の川に向かってすべての家が傾いでしまったという町も。ところどころにある土蔵はすべて外壁が落ちてしまっていました。 夏の豪雨による地下水増の影響については、バックナンバーで何回かふれていますが、現地の全域情報マップを見ますと、山間部全域が崩落してしまったといってもいいほど。また、市内も起伏の多い土地柄で、造成して建物を建てたところが多く、被害を受けたと聞きました。耐震構造だけでなく、開発にはその土地の地盤や地下水の状況を知ることが重要であると思いを強くしました。世田谷にもこの点をぜひ、活かしたいものです!
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